🐽 魅+夜話 (みたすやわ) 豚太郎伊予店に咲き、伊予店に散る。

味覚とエッセイ

現在も営業を続ける「豚太郎・伊予店」は、中予地方でも屈指の歴史を持つ町中華のひとつである。
私の“豚歴史”もまた、ここから始まった。

正直、最初に足を運んだとき、そこまで大きな期待はなかったと思う。
中予には他にも「ラーメンショップ」やら、聞き覚えのあるチェーン店がいくつかあった。だが、なぜだろう。この町にはマクドナルドも吉野家も、まだ足を踏み入れていなかったのだ。

そうして空白になった胃袋と心の隙間に、じわじわと染み込んできたのが――豚太郎。
それは、単なる“ラーメン屋”のふりをした、合法的な刷り込み装置だった。

夜の町にぽつんと浮かぶ、赤い菱形のネオンサイン。
あれを見て、ふらふらと吸い寄せられた県民が何人いるだろう。
もはやサインではない。あれは“召喚魔法陣”である。

とくに印象深いのは、文字と背景がフェードアウトしながら交互に切り替わる演出。
今で言えばCanvaのアニメーション効果のようなものだ。
しかし、これはデザインを超えて、明らかに“催眠”だった。

不気味に、優しく、心を撫でるような光の点滅。
「今日も疲れたろ? ここで全部、ミタスしてやろうか?」
――そんな声が聞こえてきそうなネオンの前で、私は何度足を止めたことか。

今ならわかる。
あれはただの看板ではなかった。
豚の神殿だったのだ。

そして、かく言う私もまた、豚に魅せられた信者の一人だった。
あの日あのとき、伊予の夜道で、私は確かに“豚”に出会ったのだ。



あのネオンサインは、ただ赤く光っていたわけではない。
フェードアウトしながら、優しく、妖しく――そう、“あの感じ”だ。

今になって思えば、あれはまるで、ネオン街のお姉さんが幼い子にそっと近づいてくるときの手口に似ていた。
「坊や……何もしないから、こっちにおいで」
そんな囁きを、確かに、光の隙間から感じた。

あの演出は本当に憎い。
エロでもギャグでもなく、“郷愁の麻薬”として完璧に成立していたのだから。

私たちは知らず知らずのうちに、あのネオンに頷いていた。
「そうだよね、疲れたよね……ちょっとだけ、ちょっとだけだから」と。


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