味覚とエッセイ

味覚とエッセイ

猫になる勇気、旅人の恐れ

——額のない動物と、考えすぎる人間についてある夜、キーボードの電池が切れた。思考の流れが遮られたような妙な感覚に襲われながら、私はスマホを手に取ってAmazonプライムを開いた。ベン・アフレック主演の映画『コンサルタント2』が配信されていた...
味覚とエッセイ

母恵夢とわたしの季節

ふと、あの袋を見かけると、少しだけ足を止めたくなる。「母恵夢」。白あんをしっとり包んだ、やさしい焼き菓子。愛媛に住んでいる人なら、きっと一度は誰かから手渡されたことがあると思う。スーパーの入り口近く。季節の味が出ると、少し目立つ場所に並べら...
味覚とエッセイ

徐倫、そしてそのめぐり合わせ

徐倫は、もともと檀家の和尚さんが見つけた猫です。ある日、いつものように犬の散歩をしていた和尚さんは、使われなくなった倉庫の奥から聞こえる子猫の鳴き声に気づきました。ひと気のない場所。閉ざされた扉の向こうで、たったひとり、命をつないでいた小さ...
味覚とエッセイ

火曜日のJ太郎と、我が家のコーヒー牛乳

私はよく珈琲を飲みます。といっても洒落た豆の香りを愉しむような珈琲好きとはいささか違います。どちらかと言えば、カフェイン依存に近い部類だと自覚しています。とにかくイライラ感がひどいとき、カフェインは欠かせません。もちろん気休め程度には過ぎま...
味覚とエッセイ

「時代に取り残された店には、なぜあたたかさを感じるのか?」

最近、ドライブスルーで商品を受け取る時、ふと違和感を覚える。窓を開け、無機質な機械的なやりとりの後、サッと手渡される。何も言わずに、ただ渡されるその瞬間──。本来、店という場所はどんなものだっただろうか。買い物をするために訪れるだけでなく、...
味覚とエッセイ

🐽 魅+夜話 (みたすやわ) 豚太郎伊予店に咲き、伊予店に散る。

現在も営業を続ける「豚太郎・伊予店」は、中予地方でも屈指の歴史を持つ町中華のひとつである。私の“豚歴史”もまた、ここから始まった。正直、最初に足を運んだとき、そこまで大きな期待はなかったと思う。中予には他にも「ラーメンショップ」やら、聞き覚...
味覚とエッセイ

🖋 魅+夜話 「ミタスは合法麻薬だ」

――豚が現れるとき、人生は崩れる。私にとって「ミタス」とは、単なる調味料ではない。それはもう、脳内物質を掻き立てる合法麻薬に近い存在である。甘味でも塩味でもない。五感の隙間を縫って忍び込む、あのスープの「何か」は、人生の節々に現れては、私を...
味覚とエッセイ

🐷豚と勇次郎と私 「〜健康について考えるようで考えない話〜」

🍜 豚と勇次郎「また豚かよ」と自分で思いつつ、それでも足が向いてしまうのが、我が愛する「豚太郎」である。愛媛県民なら一度は耳にしたことがあるはずのラーメンチェーン「豚太郎」。しかし、これが意外と地域ごとに“縄張り”があるという事実は、あまり...
味覚とエッセイ

かたちは変われど、郷土の味は生きている ― 日向飯・いもたき・さつま飯に見る“記憶の継承”

はじめに郷土料理が消えてしまう――そんな言葉を聞くたびに、少し違和感を覚えることがあります。確かに、昔ながらの手間のかかる料理を家庭で毎日作ることは難しくなりました。しかし私は思うのです。「郷土料理は、かたちを変えながら今も息づいている」と...
味覚とエッセイ

「最後の晩餐とは」

── 生き方と食べ方の選択について考える年齢を重ねると、食が哲学になるある程度の年齢に達すると、「これからどんなものを食べていくか」を真剣に考えるようになります。身体を労り、からだに優しいものを選ぶのか。それとも、舌が記憶する“未知の味覚”...